しばらく楽譜のたぐいは買ってはならない
インターネット・ラジオはローファイではあるんだけど、音質に特徴があって、
地上波のように中域が強調されないからバスドラムの音がよく聞こえる。
それがおもしろくてロック系の音をいろいろ聞いていてうるうちにいい機能を発見。
あるアーティストを選んでそれにテイストが似た曲をかけるということができるのだ。
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インターネット・ラジオはローファイではあるんだけど、音質に特徴があって、
地上波のように中域が強調されないからバスドラムの音がよく聞こえる。
それがおもしろくてロック系の音をいろいろ聞いていてうるうちにいい機能を発見。
あるアーティストを選んでそれにテイストが似た曲をかけるということができるのだ。
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浅田彰によるピナ・バウシュの追悼文が載っているらしいので、
7月7日の朝日新聞の朝刊を図書館へ見に行く。
新聞を開くのは久しぶりなので文化欄を探すのに苦労するが、
およそA4サイズの「時が作った舞台と人生」と題された記事を見つける。
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オークションで教則DVDを落札して、
このフルネームを明かそうとしない取引相手は
いったい何者なのだろうといぶかしく思っていたら、
愛用しているカホンのメーカーの人だった。
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聴き終わったCDをプレーヤーから出す。
バイレ・ポル・アレグリアス。
ケースにしまおうと開けてみると、すでにCDが入っている。
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カホンのバズ音が左右でアンバランスだったので、
響き線の張りをいろいろ変えてみる。
サウンドホールに腕を入れて手探りで操作する。
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ひき逃げで評判を落としたファルキートの、保釈中のだか執行猶予中のだか出所後のだか知らないけど、ライブを収めたDVDがリリースされて、彼に対してはそれほど強い興味はなかったけど、flamenco-world.com からのメールでついサンプル動画を見たら、バックがやたらいい音を出しているもんだから、そうなるとつい買ってしまいますわな。
どうすればこんなサウンドになるのか。ギターが二人いて、とくに計算されたアレンジがなされてるでもなく自由に弾いている感じなんだけど、どちらも歯切れがよくて、はっきり分離して聞こえる。とくに、このクランチのカッティングのような心地よい歯切れのよさはなんだろう 。
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濱崎商会のカホン FCR-270 は変な特徴があって、低音はドスの効いた音がするのに高音がもっさりして気持ちよくない。原因は打面が隙間なくボディーに装着されていることだろうと推測できるのだけど、かといって手を加えて隙間をあけて、ここから空気が漏れて低音に締まりがなくなっても困る。
実家に古いウクレレがあって、これがかわいそうに表面板がはがれかかっていた。弦楽器としては大きなダメージではあるけど、叩いてみるといい音がする。板と板がぶつかる音は魅力にあふれている。いつまでも叩いていたくなる。
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6月はほとんどの週末の予定がフラメンコ関係のことで埋まっていた。一ヶ月間同じことをやり続けるというのも久しくなかったことだ。残念ながらウイークデーはギターに触る時間があまり取れないほど忙殺されていたせいもあって、どれもこれも不発に終わった感が否めない。
さらに、この月は他の二つの事柄に心を奪われていた。ひとつはカントリーブルースで、たまたまYouTubeで見たライトニン・ホプキンスの映像があまりにもすばらしかったのだ。たしなみとしてロバート・ジョンソンのプレイを練習してみたことも人並み程度にはあったが、このライトニン・ホプキンスの良さというのはロック的でもっと分かりやすいものだ。楽器屋でブルースギターのムック本を買い、付属CDを一度聞いただけで、あとは暇になるまで我慢する。
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まずオスカル・エレーロのDVDを再生してみる。数種類のリズムパターンをタパで演奏してみせる。それからカンタオーラとともにアレグリアスの演奏に入る。そして、カンタオーラが打楽器をバックに歌うバージョン。歌は、ミラブラス、ロメーラ、カラコーレと続く。それで終わりだ。
オスカル・エレーロは明解な説明が売りではなかったか。このDVDにはそういうものがない。いったい商品性はどこにあるのか。コード譜が載った小冊子を見ると、英文の解説が書かれている。これを読めばいいということか。
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ありがたくも、小一時間、1対1でカンテ伴奏させてもらう機会があった。はりきって弾いてはみたものの、ギターから出てくる音が、ブレリアもタンゴも、あまりにもたどたどしいのだ。ノリも何もない。
フラメンコを始めてすぐの頃、ブレリアとタンゴのリズムは得意だった。たいして練習しなくても軽快に弾けたから楽しくてのめりこんでいったんだった。なんでこんなに下手になってしまったんだろう。
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エスフラメンコでマノロ・フランコの教則DVDのサンプル動画をいろいろ見ていたら、ファンダンゴがドリア旋法だという説明が出てきた。ドリア旋法といえばレの旋法ではないか。
それがミの旋法であることに疑う余地はないわけで、へんな教則DVDもあるもんだとあまり気にとめなかったのだが、その後でマヌエル・グラナドスの教本を読み直していたら、ここにもまたファンダンゴのイントロがドリア旋法だというのが出てきた。
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カホンも一種のパーカッションであるわけで、こいつを演奏しようというのなら、コンガのような洗練されたパーカッションについても最低限のことは知っておくべきだろう。最低限のことを知るとは、たとえば、一流の演奏家の教則DVDを見ておくことだ。
エレキベースならジャコ・パストリアスの「モダン・エレクトリック・ベース」を見ていなければ話にならないし、フラメンコ・ギターならさしずめトマティートの教則DVDのブレリアを見ていなければフラメンコもへったくれもない。
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部屋での打楽器の練習は音量が制限されてしまうので、外に持ち出してみる。近場の河川敷にする。少年が野球をしていたりするので、落ち着ける場所を探すのに苦労する。カホンの練習にうってつけのポイントがないのだ。結局、水辺まで来てしまった。
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ただいま迷走中につき、カホンを購入してしまった。
前回、渋谷で試奏したときは、店員の見守る中、左手がほとんど動かず恥ずかしい思いをしたのだった。だが今回は違う。仕事中はほぼ常に膝を叩き続けること2週間、万全の体制で新宿へ向かった。
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ファルセータのことは忘れて曲の構成やコード進行を覚えることに集中するという今年の目標を早くも修正して、またファルセータの楽譜を買ってしまった。ただし、もとの木阿弥ということではなく、草の根的バイレ・フラメンコの現場にはカンテだけでなくファルセータも不足しているという判断からだ。
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もともと、値引きしているネットショップを見つけたから買う気になったのだが、品切れのうえに版元にも在庫なしということでそこでは買えず、在庫を持っていたアマゾンで定価購入することになった。売れているのか、少量生産なのかどっちだろう?
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苦節十年と申しましょうか、フラメンコギターを始めてからもうそろそろ10年になろうとしていて、そのあいだずっとクラシックギターで代用していたのだけれど――といっても貧乏だから買えなかったというだけではなくて、クラシックギターの高音弦のアタックがはっきりした音が好きだったというのもあるんだけど――もう伴奏のほうに興味が移ってしまって、ブランカの音じゃないと満たされなくなってしまった。ということで、ギターを求めて東京じゅう電車で移動しました。
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フラメンコなんてアンダルシア人がやろうがカタルーニャ人がやろうが日本人がやろうがいいんだけれども、こと教則用のCDやらDVDに関しては、日本人の演奏しているものには嫌な記憶しかないもんだから、いまさら国産の教則DVDを買うというのは屈辱を感じずにはいられない。
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スカパーのLaLaTVというチャンネルで「ディープ・ スペイン」という番組が始まったようで、その第1回は『魂の叫び・カンテ・フラメンコ』というものだった。このLaLaTVとは契約していなかったのだが、あるサービス期間中だったためたまたま観ることができた。あまり期待しないで観ていたら、これが意外にもほんとうにディープな内容だったので驚いた。
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カホンという楽器に対して、それを自作してみようという勢力が存在している。ホームセンターで板を買い、箱に組み立てて、響き線としてスネアドラムのスナッピーかギターの巻き弦を流用する。もともと高価でもない楽器なのだが、さらに安価に入手できることになる。ウェブ上ではこういった箱の製法について活発な情報交換がなされている。
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今、家にはグレンリベットというシングルモルトのウィスキーのボトルがあって、これがあまりにもうまいのだ。12年ものというのはみんなこんなにうまいんだろうか。千円ぐらいの安いウィスキーとはまったく違うジャンルであるといってもいい。こういうものがあると、外で飲む理由を探すのがとても難しくなる。
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何度行っても前を通り過ぎてしまう店というものがあるとしたら、それはイベリアをおいてほかにあるまい。われわれにできるのは、通り過ぎてしまった後でいかに引き返すかを考えることだけだ。今日はほんの10mほど行き過ぎただけですんだ。「ドラッグストアを通り過ぎたら気をつけろ!」という警句が役に立ったのだ。
イベリアは心地のいい空間だ。教則DVDのデモで流れているギターやカンテのおかげであっというまに俗世間を忘れることができ、小さな幸せを感じてしまう。ところが、今日はなにかのアナウンスが流れ続けていた。客に対する注意がのべつまくなしに語られる。返品はするな、手に取った商品は元の場所に戻せといったようなことだ。
どうやら、セールス期間中ということのようだ。それで放送を繰り返し流し続けていたのだ。どうせならこんなモーゼの十戒を連想させるようなやり方ではなく、フェリアのように盛大に音楽をかけて店員が踊りながら接客すればいい。
こういう騒々しいところにはいられないので、目当てのCDを持ってレジに向かう。「バイレ・ポル・ソレア」だ。もし、もっとも話題に上ることの少ないOFSのタイトルをあげるとするなら、それはこのバイレ・ポル・シリーズをおいてほかにあるまい。編集ものだから注目されないのだろうか。
だが、そんなことはどうでもよい。レジに行く途中、ブレリアのパルマが耳に入った。それは教則DVDで、ヘレスのブレリアのコンパスについて解説している。メルセデス・ルイスの「ブレリア・デ・ヘレスを踊る」という新しいDVDだった。
コンパスや曲の構造に関する解説があって、ギター伴奏にも使えそうでもある。買ってしまいそうになったが、チャプター項目を見ると、やはり振り付けに関する内容が多い。いったん保留にしておこう。それに、こういうものならカルメリージャのDVDを持っていた。あっちのはセビージャのブレリアだがすこしヘレスのブレリアの解説もあった。あまり見ていないことに気づき、もう一度見てみようと思う。
メルセデス・ルイスという人は、カルメリージャよりも教え慣れしているかのようで、すらすらと解説の言葉が出てくる。だが、これでヘレスのブレリアが分かるかというと、そうとも限らない。もうすこし時間のあるときにもう一度見にこよう。
そういえば、フラメンコ舞踊練習生のブログは数あれど、こういった教則DVDについての意見が活発に交わされるようにならないのはどういうことだろう。DVDなんか興味ないんだろうか。
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チューニング・メーターを買ってしまった。今はチューナーという名前が定着しているのかもしれない。BOSSのTU-80というやつ。こういう便利なものをなぜ今まで買わなかったのかというと、まあなくても済んでしまうということもあるが、耳を甘やかさずに鍛えようという方針だったのだ。
しかし、どうもチューニングがうまくいかなくなってきた。ナイロン弦はチューニングがちょっと合いにくいというのもあるけど、そういうことじゃなくて、なぜか短三度の音が濁って聞こえるようになったのだ。なにも、平均律の音が悪いといっているのではない。そういう話ならスノビッシュで結構なのだが、そんな高級な耳は持ち合わせていない。念のためにフラジオレット・トーンで合わせるだけじゃなくて、純正律かなにかになるよういろいろ調節してみたがダメだった。原因は分からない。そういうわけで、もう面倒なことはやめてすべてメーターに任せてしまおうというわけだ。
デジタル化の波なのか、メトロノーム付きでも2000円ぐらいに下がっている。と思ったら、中国製だった。BOSSも中国製になっていたのだな。こうして南北問題は解決してゆくのか。そのかわり内なる南北問題というのがあって、日本にも南の人がいるわけだが、いつのまにか自分もそちら側になっているよ。本当は音叉を使っているべき身分なのだ。
だが、消費というものは楽しいもので、楽器屋で目に付いたハンドロールピアノという柔らかいキーボードが無性に欲しくなった。思いとどまってよかった。キーボードならベッドの下にもう10年ぐらい置いたままなのだ。
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広めのスタジオでマイクを使わず、さらに歌や踊りが加わると自分のギターの音がかなり聞こえにくくなる。ギターが複数いる場合はなおさらで、壁から弱々しく反射してくるのをなんとか聞き取って音を確認するというつらい状況が続く。そういう問題があったので、モニターがなくてもギターの音が聞けるような、もっと鳴りのいい(安い)ギターが欲しいと思っていたところ、友人がアリアのAC-150Fを貸してくれた。
ほとんど弾く機会がないらしく、あまり弾かないのはギターによくないからということで、借り受けることができた。まあ、エージングを任されたようなもんだ。貸出し期間は年内いっぱいということなんだけど、それぐらいで音が変わるのだろうか。
さて、ケースから出してみる。けっこう重量がある。そして、チューニング。ペグの感触は悪くない。軽くラスゲアードしてみると、しっかりと中域が出ている。ドンシャリのギターだったら目的に合わないから、中域が厚いのはありがたい。だが、狭い部屋で聞いていても本当のことは分からない。ふいに、木材のにおいがする。ギターの木のにおいだった。
たしか彼がこれを買ったのは8年ぐらい前だったはずだけど、いまだに製材所のようなにおいがしている。いくらあまり弾いていないといっても、ジプキンのコピーバンドで何度もライブハウスで使っているし、リハもあっただろうに。『地中海の舞踏』を練習してる間にもにおいは抜けなかったのか。
こういうのはどうなんだろう。まだ、木の細胞があまり結晶化してなくてにおってるということなら、まだまだ弾き込みによって鳴りが良くなるって理屈も成り立つんだろうか。でも、あと4ヶ月ぐらいしか残ってないな。
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またエンリケの教則CDを買ってしまった。エンリケの歌はちょっと好きになれなくて、リスナーとしては他のお気に入りのCDたちといっしょに部屋に置くのに抵抗がある。
リスナーとフラメンコというのはシュルレアルな取り合わせだ。数年前、あるヘレス在住バイラオーラが凱旋公演したとき、友達がプロモート的なことにかかわったこともあって、楽屋で少し話をする機会があった。ギターをやっているのかと質問されたので、自分はリスナーであると答えてみた。ギターをやっていると言えるほどフラメンコを弾けなかったのもあるが、フラメンコを見に来る人はフラメンコをやっているという前提にひっかかりがあったし、ひねりのある答え方をしたほうが盛り上がると思ってそう答えたのだ。しかし、残念ながら、会話になんの盛り上がりもないまま楽屋を後にすることになった。
まあとにかく、CDを何枚も買っていれば自分の趣味というものができあがるし、それに対してちょっとした誇りのようなものを持つようになる。だが、そんな小さなものにかまっていられないときが来る。フラメンコ界の底辺に参入しようとすれば、ビバ・セビージャという曲ぐらい覚えないわけにもいくまい。エンリケに敗北した。そいういうことだ。
ビバ・セビージャはエンリケの教則CDのVOL.2に入っている。あるいは、エンリケの教則CDに入っているからビバ・セビージャが重要曲になったのかもしれない。日本のフラメンコの底辺はエンリケに依存しているらしいのだ。前にVOL.1を買ったときは、VOL.2も買うことになろうとは想像だにしなかったのだが、じつはVOL.2はわるくない代物だ。
もちろん歌がいいというのではないのだが、選曲にちょっとしたサプライズがあった。ブレリアに、かの「カンタ・ヘレス」のフィエスタ・ポル・ブレリアがとりあげているのだ。ちょうど練習中だった。といっても、もう1年以上ほとんど進歩がないので、エンリケの解説に助けられることになるだろう。
だた、この曲を演ったとして、エンリケのCDで勉強したんだなと聴き手に認識されてしまうとしたら迷惑なことだ。だが、エンリケより上手く演ればいい。ボリーコのように。ソルデーラのように。リスナーにはそれができる。
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この2・3年、「カルロス・サウラのセビジャーナス」 でカマロンが歌ってるやつの歌詞を探していたんだけれども、それがあっけなく見つかった。エンリケ坂井を検索してるうちに、そのサイトに行き着いてしまったのだ。そもそも、サントラ盤に書いてある曲名で検索すればすぐに見つかっていたんだ。いったい何をしていたのだろう。
弾き語りを練習してみるつもりだったんだが、いざコードを取ろうとするとこれがなかなか難しい。トマティートもなにか自信なさげにコードをつけてるし。イシドロがコード譜を渡せばよかったんじゃないのか。映像を参考にしようとしても、トマティートの手もとが映るのはAかBbの部分だけだ。ほかにC7とDmとF7があって……あと、何があるだろう? まあ、なんとかなるだろうか。
歌詞を見ていて何かおかしいと思ったら、映画とCDで曲順が違う。CDは3番から始まっている。何かの手違いだったんだろうかね。もうひとつ分かったことは、これって4番だけ1カポなんだよな、ほかは3カポなのに。最高音はB。3カポだとC#だから晩年のカマロンにはきつかったんだろうか。でも、ほかのところでCまで出ている。
ところで、これを覚えられたとして、誰か踊ってくれるんだろうか。字余りっぽいカマロンの歌い方を単純な3拍子に変換するとして、こういうフリジアンモードのセビジャーナスって日本では人気ないのかもしれない。マイナーかメジャーの曲で踊っているのしかみたことがない。いずれにせよ、踊りとからむかどうか別にして、いつかやれる機会があるだろう。
ついでに、YouTubeを漁っていたら、この映画のメイキングのようなものがアップされていた。カマロンをイシドロ・ムニョスか誰かが歌唱指導している。マエストロでもこうやって指導されるんだな。癌患者のはずのカマロンはタバコを手放さない。
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フィエスタ・フラメンカに何度か潜入を試みて気づいたことのひとつとして、フィエスタ系の曲――ブレリアやタンゴが意外に不人気だというのがある。実際はみんな好きなのかもしれないが、盛り上がりに欠けるところがあるのだ。習ったことのある人が少ないということは前から聞いていたが、まあそういうことなんだろう。
きっちり振付けられたもの、構築されたものを再現するとを選ぶという傾向は、ギター愛好家がファルセータの練習に明け暮れる(エレキ小僧が速弾きの練習に明け暮れる)のを連想させる。ビセンテ・アミーゴのファルセータを弾けるのにセビジャーナスの伴奏ができないなんてことはよくある話だ。
派手なメロディーやハーモニーよりも、リズムが大切なんだということはある程度の音楽的経験があれば誰でも知っていることだが、リズムでオーディエンスを魅了する能力を身につけるのは難しい。パフォーマンスの中でもっとも目立つ立場にあるバイラオーラがブレリアよりグアヒーラやガロティンを選ぶのは正しいだろう。もし、マルカールだけでも間が持つようなすばらしいギター伴奏ができればブレリアでもなんでもいいのだろうが、それはできない相談なので、グアヒーラとガロティンの伴奏の練習をしておくことにしよう。
ヒターノ的な味が何もないこの古色蒼然としたラテンみたいな曲を練習するモチベーションをどうやって上げるか。グアヒーラはパコ・デ・ルシアが名演を残している。その名も「グアヒーラ・デ・ルシア」で、この夏が似合うトロピカルな曲を実はずいぶん前にちょっとだけ練習したことがある。おかげで、メレンゲ・デ・コルドバの楽譜のを弾いてみるとまあだいたい指は動くのであとは構成を覚えればなんとかなっていくだろう。
ガロティンはどうだ。さすがにパコもカマロンも取り上げてないだろうな。瀬田彰によると、カルメン・アマジャによって世に知られるようになったそうだ。カルメン・アマジャのファンだったことがあるのでCDがある。彼女が歌って踊る。ギターはかのサビーカス!。サパテアードとトレモロの合奏もある。モチベーションがあがる。
(アンプとCDプレーヤーをCR-D1という一体型のに換えたら低音が増えたおかげでサパテアードの音も迫力が出てきた。低音なんかほとんどスピーカーで決まるのかと思ってたので、現在使用中のBOSE121にはずいぶん不満を持っていたのだが、この低音はいままでどこに逃げていたのか? アンプとCDプレーヤーが一体だからここでのロスが少ないのだろうか。たしかにオーディオケーブルは安物を使っていたが、スピーカーケーブルと違ってアンプとCDプレーヤーをつなぐようなオーディオケーブルに高級なのを使うなんてあまり聞かない話だし、せいぜいプラグのところを金メッキしてあるのがあるくらいだと思っていた。だが、たとえばエレクトリック・ベースではピックアップのそばにプリ・アンプを置くのは当たり前のようになっている。オーディオの場合はどうなのだ?)
瀬田彰の楽譜はキーがGなのだが、メレンゲ・デ・コルドバのほうはAだ。こちらのほうが弾きやすい。Aメジャーの曲を弾いているとクラシックギター教室に通っていたころを思い出す。あのころはAメジャーの陳腐なハーモニーの練習曲を弾くのが苦痛だったのだが、おかげで今こうやって役に立っている。なんでもやっておくもんだな。
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ティエントスの伴奏を練習してみようと思っていくつかCDやDVDで聴きなおしてみた。基本的なコード進行は、Bb-AのリフからDmに展開し、そこから4度進行でBbまできてAに解決する。
と、書いてしまうと簡単そうだが、いろいろバリエーションがあるようで、第2レトラ以降をDmから始めたりもするみたいだ。それをカンテを聴きながらあわせるのだろうが、かなりくずすこともあって、ペリーコのアンソロジーなんて何を歌ってるのか分からない。合わせているペリーコさんもたいしたものだが。
ラ・ギターラ・フラメンカのモライートのやつはテレモート・イホを招いていくつか歌伴がある。ティエントスもやっているんだが、タンゴになってすぐのところでモライートは合わせそこなっている。Bb-AからGmにいこうとしてD7を弾いたらテレモート・イホがBb-Aを繰り返してしまった。モライートほどの大物でも上手くいかないこともあるのだな(本当はどちらが悪いんだろう?)。ただ、平然としているところは学ばねばなるまい。
合わせる以前に、これだけスローな曲をインテンポで弾ききるのは難しい。アルペジオや経過音の使い方もいくつか仕込んでおかないと飽きそうだ。
バイレ伴奏の様子もうかがっておこうとラ・ノーチェ・フラメンカを見てみる。カンテはとくに癖がなく合わせやすそうだが、エスコビージャの伴奏があるのも忘れてはいけないな。ファルセータが多めだ。
ついでに手元にあった「バイレの祭儀と地理」も見なおしてみる。メルチェ・エスメラルダというバイラオーラがティエントスを踊っている。このテンションの高さはなんだろう。ラ・ノーチェ・フラメンカみたいなのとは次元が違う。こういうのを見ないかわいそうな人もいるんだろうな。
ところで、いろいろ聴いているうちに、ケヒオのベスト盤に入っているマノロ・カラコールのブレリアに、カルロス・サウラのフラメンコでパケーラが歌っているブレリアと同じ歌詞があるのに気づいた(このケヒオのやつは、ついていることにあのflamencoletrasというサイトでも取り上げられている)。歌詞ってどういうふうに伝播していったんだろう。
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カンテ伴奏というか弾き語りを練習しようと思ってからもう何年にもなるのに、ひとつもレパートリーがないのはどういうわけかと、いい教材がないからだということが大きい。難しすぎたりダサすぎたりという理由で練習に身が入らないのだ。カマロン・イ・パコをコピーするのをあきらめて買った初級者用の教則CDやDVDは、聴き通すのにも我慢が必要なほどの退屈な代物だったりした。というわけで熱が出たり冷めたりを何度も繰り返して今に至る。
さてひさしぶりに伴奏熱が出てきて、どうやって練習しようかと考えてラ・ギターラ・フラメンカを思い出した。このフラメンコギター教則DVDのシリーズはすばらしい。困ったときは定評のあるものにすがろう。たしか、人気ギタリストがひしめくこのシリーズの中では異色の存在である初心者向けレッスン担当のおっさん、メレンゲ・デ・コルドバがカンテ伴奏編を出していたはずだった。
というわけで、注文。Flamenco-world.comで売っていた。すこし文字化けしたオーダーフォームから入力したら、ほとんど文字化けしたメールが届いた。住所が伝わったのかどうか分からないし、送料がいくらかかるのかも分からない。この40ユーロだか4000円だかが送料なのか? こんなにくそ高いのか?
心配したが、今日無事に届いた。週末には届くかと思ってたんだが。DHLを使ってもその前後の処理が遅いんじゃないのか。おまけに配達のとき1200円取られた。輸入国消費税等ってほんとに必要なのか? 等ってなんだ?
まあそんなことはともかく、DVDの内容は期待以上でよかったよかった。難易度もほどほどのわりにかっこいいところもある。このメレンゲ・デ・コルドバはラスゲアードにキレがないなどイマイチなところもあるのだが、ところどころ洒落たフレーズを入れてきたりして、上手いんだか下手なんだかよく分からない。
カンテにはとてもカンタオールには見えない白人青年が起用されているのだが、なかなかピッチも正確で教則DVDとしてはいいのではないか。なにより歌に変なところがないのがいい。ただ歌詞にコルドバという単語を入れすぎだろう。全世界の人が使う教則DVDなのに。
さて、この今まで買った中でいちばんいい教材を生かせるかどうかは本人次第なのだが、ほんとうはこんなことをして遊んでいる場合ではなかったりするのだ
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ドン・E・ポーレンの「フラメンコの芸術」によれば、フラメンコを中心に催される賑やかで楽しい宴であるフエルガ・フラメンカは、スペインではフィエスタという言葉で呼ばれることが好まれるようになっているらしいのだが、日本では「ペーニャ」と呼ばれることが多いようだ。フエルガとペーニャ(同好会)は飯野昭夫の指摘を待つまでもなく意味がずれているというようなことはともかく、それ関係の会に参加してきたので少し書いておこう。
なぜフエルガだかフィエスタだかに行くのかといえば、フラメンコを聴きはじめのころ、ドン・E・ポーレンの「フラメンコの芸術」とリカルド・パチョンのビデオ「フラメンコ伝説」に感化されてしまったからなのだ。ただ、そういうものに行けばフエルガが再現されているかというと、それほど簡単にいくものではない。参加型であるのだから、自分の能力が試されるのだ。
今まで参加してきたフエルガに類するものにはいくつかの形態があった。
(1)フエルガを専門とする先生が参加者を指導するもの
(2)プロの演奏家がコーディネートして行われるもの
(3)アマチュアの演奏家がコーディネートして行われるもの
(4)アマチュアの舞踊練習生がコーディネートして行われるもの
まず、(1)の形態はまず誰でも楽しめるものになるだろう。専門家の指導によってパルマとハレオだけでグルーヴを作ることができ、すばらしい時間をすごすことができる。(2)の形態の場合、演奏の質が保障されるので、それを聴いているだけで楽しめるし、もちろん踊ることもギターを弾かせてもらうこともできる。旦那衆がアルティスタを呼んで開催するものに近いが、参加型としても楽しめる。(4)の場合、音楽で盛り上がることは難しいのでフエルガらしさはあまりないのだが、気がねなく参加できるというところが長所になるだろう。拙い技術が座を白けさせるということもない。
さて、今回参加したのは(3)の形態だった。音楽と踊りで盛り上がろうという方向性があって、それにはまあ各個人の能力は不可欠だ。おかげで楽しむことが目的であるはずなのに、自分と向き合うことになったりもする。
今回、なにが不足していたのか。曲を覚えていかなかったという失敗があったが、こういう愚かなことはわざわざ書くまでもない。それ以外に、ちょっとした工夫でもっと楽しめただろうというのもあって、弦を張り替えていけばよかったということ。自分の部屋で引く分にはそれほど不都合はないのだが、フエルガの場で死んだ弦を使っていてはギターの音が聞こえなくなって自分が何を弾いているのか分からなくなる。舞踊伴奏においては音量を優先するためにラスゲアードの方法だけでなくコード・ヴォイシングまでも変えなければならないほどだ、っていうことはとっくに知っていたのだけれど、認識が甘いということだな。
ディエゴ・デル・ガストールへの道は遠い。
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