のだめ、ラフロイグ、訃報
人気マンガの「のだめカンタービレ」をようやく読んだ。カンタービレといえば、坂本龍一が浅田彰との対談の中で、音がクールなグレン・グールドが映像を見てみると演奏する姿はカンタービレであることに驚きのそぶりを見せていたが、のだめの場合は音そのものがカンタービレであり、そのためにあしながおじさんたる千秋の支援を受けることになる。
天才少女の立身出世物語。よくある貴種流離譚の近代的なヴァリエーションだろうが、たとえ天才であってもクラシックの巨大な世界の中ではさまざまな障害が立ちはだかり面白い。大きな障害のひとつは幼年期の精神的な傷が原因となっていて、それを癒すことで解決するというかつて流行した擬似心理学を導入するアイデアは時代を感じさせる陳腐な代物ではあるものの、懐中時計の振り子を用いた催眠術で治癒してしまうというパロディ的なシーンは作者自身はそういうものに対して批評的な立ち位置にあることがうかがえる。
マンガを読みながら、アイラ産のシングルモルト・ウィスキーのラフロイグを飲んでいた。アイラのウィスキーは村上春樹の「もし僕らのことばがウィスキーであったなら」でうまそうに書いてあったので気になっていたものの、3,500円という安からぬ価格のために購入を見送っていたのだった。飲んでみると噂どおりの強烈な個性のある酒だ。ヨードの臭いがあるとは聞いていたから、そういう臭いがほんのりと漂っているのだろうと思っていたが、実際はまるで正露丸かうがい薬のような味だ。しかし、三杯目にもなるともうその味のとりこになっている。
アイラ産のウェイスキーにはもうひとつ麦芽を泥炭で燻したときの香りが付いているはずだが、どうしてもヨードのほうに意識がいってしまい、いわゆるスモキーなピート香というものがどれなのかいまひとつ分からない。複雑な味なのでオーケストラのように楽しめる。クラシックというには野性味があふれているのだが。
というような、ささやかな楽しみのさなかに、知人宅で不幸があったとの知らせが入った。人の死、とくによく知っている人の死は、自分と向き合う契機となる。今は酒を飲んでマンガを読んでいる場合ではないことは議論の余地もないことなのだ。やるべきことに集中すること。「のだめカンタービレ」の読者を引きつける理由は登場人物たちがやるべきことに集中しているところにある。
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